こんばんは、Clariceです。
昼頃、鳥山明さんの訃報をネットニュースで知り、愕然としました。
今日はお休みで、美術館に行っていたのです。一番好きな画家の展覧会でした。
その行きの電車で知りました。
ネットの文字からは実感がわかなかったのですが、移動中にいろいろと思いをはせると、鳥山先生の作品は私の生活の一部みたいなものだったなぁということに気づきました。
何度も記事にはしていますが、ドラゴンクエストシリーズは幼稚園のときからお馴染みでしたし、7の「エデンの戦士たち」で漢字を読めるようになり、方角を覚えました。
物心がつくかつかないか、くらいのときに観たはずなのに、Zは鮮烈に覚えています。
鳥山先生のイラストほど、仲間との冒険のはじまりを予感するワクワク感が得られるパッケージは、私のなかでは今後現れないと思います。
ドラクエのガイドブックや楽譜の、表紙と挿絵にワクワクしながら幼少期を過ごし、それは今でも同じです。
大阪のひらかたパークで開催された「ドラゴンクエストミュージアム」では初期の原画の展示があって。
行ったのは、学生の頃に先輩に誘われてでしたけど、ほんとに少年みたいにはしゃぎました。
天空城のデザインに感動し、スライムのデザインが今に至った経緯みたいなのを知り。
ギガスラッシュ体験も並んでまでやりました。ハイヒールで。。笑
界隈でよく言われている「鳥山明三大事業」は、 『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』そしてゼシカ、です。
確かに、Ⅷのゼシカのデザインは、子供ながらに衝撃を受けたものでした。
鳥山先生の描く女性キャラクターは本当に可愛くて、お色気が的確なんですわ。
私は、世代的にドラクエではⅦとⅧがもう心のふるさと、第二の故郷と言っても過言ではないです。
◇
私が勝手に師と仰いでいる、すぎやまこういち先生の訃報に続き、とてもショックです。。
同じ時代を生きることができ、鳥山先生の素晴らしい作品に出会えたこと、とても幸せでした。
このような衝撃を受けるたびに、寂しさに浸るたびに、日々をしっかりと生きていかねばと思いますね。
楽しいことも、悲しいことも、せいいっぱい享受して、せいぜい楽しかった、悪くなかったと思える人生を歩んでいきたいものです。
そのなかで、なにか残るものを作れたら、それは素敵なことでしょう。
すぎやま先生の「愛のこもれび」を聴きながら、そんなことを思いました。
私が過去に演奏したピアノバージョンをあげておきます。
人は亡くなったらどうなるのだろう、と小さい頃はとにかく怖かったのです。
それは、自分のなかにずっとあって、だからこそさまざまな宗教や世界観に興味を持っていたのでした。
大学で世界史を勉強したり、ゴスペルを歌ったり、サン・テグジュペリ氏やレイチェル・カーソンさんや梨木香歩さんの作品と出会ったりして。
人というのは、壮大な自然のなかに発生した、気の遠くなるような果てしない循環のなかの一部だというのが私の今の考えです。
そんなのが、私が拙いながら一時期書いていた小説のアンサーでもあったのでした。
ドラクエX「過ぎ去りし時を求めて」には、人の魂は命の大樹に帰る、という世界観がありましたね。
本当にお疲れさまでした。それから、数々の素敵な作品をありがとうございました。
どうか安らかに。