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映画『ノートルダム 炎の大聖堂』感想 あの日に思いをはせる

こんばんは、Clariceです。

久々にシネマに足を運びました。

ノートルダム 炎の大聖堂』の上映を観るためです。

映画に造詣が深い、ウサオジ (id:usaoji)さんの映画鑑賞の記事で、この作品を知りました。
感想を拝読し、これは歴史好きとしては観ずにいられないということで。


usaoji.hatenablog.com


しかも、つい先日公開されたばかりではありませんか。

ということで、さっそく行ってまいりました。

※ネタバレありの感想です。ご容赦ください。



794年前よりパリに君臨するノートルダム大聖堂

名の由来は、「ノートル(我々の)・聖母(ダム)」。

欧州一の訪問者を誇る、ゴシックの最高峰建築は、2019年4月15日に炎上しました。

実際の様子を再現したリアリティあふれるストーリー仕立てでした。

前情報通り、当時の映像が要所要所に使用されていて、緊迫した現場の空気感が描かれていました。


主役は、大聖堂を救わんと奔走する消防士たち。

隊員たちは知恵を絞り、決死の想いで消火活動にあたります。

迫りくる火の手。石造りの狭く長い長い螺旋階段。

煙で前は見えず、足場は崩落しかかっている―

とにかく、没入感がすごかったです。

大聖堂が煙をあげてみるみるうちに炎上する場面は、身がちぎれんばかりの心地でした。

形あるものはいつか、なんて言いますが、やはり歴史ある文化財の損傷、まして消失は、辛く悲しく、虚しいです。


当時はネットニュースの速報で知り、思わず突っ伏するほどの衝撃を受けました。

歴史学科時代の友人もショックを受けていたようで、周囲にこの衝撃が伝わらない!と軽く嘆いていたのを思い出しました。

「だって、例えば京都でいえば、清水寺と二条城と、金閣寺、etc…がいっぺんに燃えるくらいの話なのに!」って言ってましたっけ。


映画ならではの演出も印象的でした。

フランス映画らしく、随所に美的センスが光ります。


建材として使用されていた鉛が溶け出し、ガーゴイルの口からドバドバと落ちてくる場面。

消火のための放水によって、聖母マリアの像が涙を流しているように見えるカット、等々。


そして、鳥肌が立ったのは、街の人々の祈り。

決死の消火活動の中、セーヌ川周辺に集う人々のゴスペルが、燃え続ける大聖堂を包みます。

そのなかの一曲が、アメイジング・グレイスでした。

私は、この曲を本当に何度も歌ってきましたから、身近に感じる音楽です。
とあるゴスペルライブで、ソロパートをいただいたこともあります。


Amazing grace
how sweet the sound
That saved a wretch like me

I once was lost
but now am found
Was blind but now I seeー


再三書いていますが、私は洗礼を受けていないし、ゴスペルでお世話になっていた教会はプロテスタント系でしたから、聖母マリアカトリックとはあまり縁がありません。

そんな自分の、あくまで個人的な見解。

揺るがぬ心の拠り所として信仰心を持つのは、あっていいと思います。

自分は、そのような方々と関わる経験がなければ、とてもじゃないけど人生を耐えてこられなかったと思います。

ただ信仰と、狂信の違いを理解していなければならないのです。

異文化理解、多文化共生という意味でも。


私が今読んでいる塩野七生さんの本によると、

歴史的、芸術的にもっと価値ある教会建築は、フランスにも他にあると。

しかし、ノートルダムは長くパリの「ブランド」であったのだそうです。

いわく、出火原因が宗教テロでなかったのが不幸中の幸い、だとも。


ローマ帝国崩壊後、キリスト教徒によってその地にバシリカが建てられたのがはじまり。

1789年のフランス革命では、暴徒による襲撃を受けたりしながらも、長くフランスの人々の心の拠り所だったといえます。

その救出劇において、死者がゼロであったこと、そして石造りの基本構造の大部分が残ったことは、本当に救いであったと思います。




今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪
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