印象をただよう告解部屋

キラリと思い浮かんだことあれこれ

あの日のマルタ旅行記 #3

マルタ共和国エッセイ風旅行記の続き。

滞在3日め。「静寂の街」と呼ばれる城塞都市イムディーナに向かうところから旅は始まる。



◇8:00 ホテル出発

まずはイムディーナを目指し、首都ヴァレッタのバスターミナルへ。

そこでバス停を間違えて、閑散としたリゾート地に到着する。何十年か前の熱海っぽい場所に。笑
National Aquariumなどのある街なのだが、目的と違うため、振り出しに戻る。


バスから見る景色が、ひたすらに綺麗だった。
野生の黄色い花がどこまでも咲き乱れる景色!中世の姿をとどめる城塞の周囲を彩っていた。

イムディーナは、現在の首都ヴァレッタが築かれる前に都だった地。

だから古都であり、その昔、貴族たちが多く住んでいたそう。

首都が移動して、静寂の街となってしまったわけだ。


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◇11:30 古都イムディーナ

圧巻である。まさに城塞都市。外堀があり、橋を渡ってメインゲートをくぐる。


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観光客はいるものの、街はひそやかであり、ときおり教会の鐘の音が風にのって聴こえる。

馬車とよくすれ違った。馬の蹄と石畳をはしる車輪の音が、耳に心地よかった。


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イムディーナ定住の歴史は、紀元前4000年にも遡ることができる。

フェニキア人によって軍事要塞化されたのが、紀元前700年。

その後、ローマ帝国の支配を受け、9世紀ごろにはアラブ人によって「イムディーナ」と名付けられ。

そうそう。難破した聖パウロがイムディーナで暮らしたという記録もあるみたい。



お腹がすいたので”Tea Garden”というカフェで昼食をとる。

久しぶりのまともなご飯だった笑

このお店は、『地球の歩き方』に掲載されており、オープンな雰囲気でたいへん居心地が良かった。

ピーターラビットの世界のようなお庭を抜けて、室内へ。

クレソンを添えたサンドウィッチにミルクティーを注文した。

あと、マルタ料理のパスティッツェもひとつずつ。

パイ生地にマッシュされたひよこ豆とリコッタチーズが入っている。

ふたりあわせても、7.5ユーロほどだった。


このあと、腹ごなしに堡塁広場まで歩き、高台から景色を見渡した。

「堡塁」は、敵の攻撃を防ぐための小型要塞のこと。すごく遠くまで見えた。

イムディーナの街の前にはラバトという地下墓地を備える街が広がるのだ。のちに行くところだ。

◇大聖堂と大聖堂博物館

前の記事でも紹介したが、聖ヨハネ騎士団、のちのマルタ騎士団は、ホスピタル騎士団ともよばれ、聖地防衛に努めていた。

貴族出身のものが多かったようで、莫大な資金が集まったのだとか。

そのために、この国の主要な大聖堂はどこもすごくお金をかけて建設されたのがわかる。


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天井画が壮麗だった。天界に通じているように描かれる、騙し絵トロンプルイユとなっている。

絵画の他、ノルマン人が15世紀につくった聖俱室の木製の扉、儀式に使う銀器などの展示を見て回った。

何って絵の保存状態のテキトーさに、ビビった( ´∀` )

これ、日本じゃあり得んよねってレベル。価値ありそうな宗教画が、ひび割れてるし、傷んでいる。。


そうそう。コインの展示で、急にテンションが上がったんだった。

ローマ帝国統治時代の、五賢帝たちのコイン!

やっぱ、ローマの領地が最大だったハドリヤヌス帝統治時代のコインは、その数夥しかった。

平和と繁栄の時代、パクス・ロマーナ

友人アイリスちゃんの「みんなだいすきハドリヤヌス」とのつぶやきに、笑った。

◇小休憩

ちょっと大聖堂を見すぎて胃もたれするという、贅沢な悩みに陥る。

ふだん見ない素晴らしいものを見続けると、庶民の私はこうなるらしい。笑


お土産屋さんで、かわいいところがあったんだ。

お店の奥に、おばあさんがレースを編んで、その商品が売られていた。

カーディガンやクッションカバー、テーブルクロス。

店内には、ガラス製の小皿、マルタのロゴがついたノート、ポストカード、缶入りキャンディー。

絵本の世界みたいだと思った。


しかし、ここにも日本人有閑マダム軍団。「スーパーで買うわ!」とかなんとか。会話は相変わらず関西人のオバちゃんたち。笑


◇16:00 ラバト

イムディーナを堪能しすぎて、時間のことを失念していた。

おまけに方向音痴の私が地図を見ながら先導して、軽く迷った。ゴメン(´Д⊂ヽ

急いで、ラバトの街へ下りる。


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パウロ大聖堂は、16時までだったので断念。聖パウロ地下墓地だけはと滑り込んだ。

時間がなさ過ぎて、展示は走って突破。。

カタコンベ(地下墓地)へ突入する。

カタコンベというのは、キリスト教徒が迫害を避け、地下に築いた祈りの場だ。

非常に入り組んでいて、通路は狭い。天井は低く、オレンジ色の電気のおかげで暗くはなかった。



当然、ふたりとも、一瞬で気分が悪くなった。

閉館時間にぎりぎりで入れてもらっていたので、他に人は全然いなかった。

そのとき、人影がね、奥の通路を横切って。

おひげが立派なその御姿、よもや聖パウロではあるまいとアナクロニズムの錯覚に陥りそうになった。


カメラ下げてたから、ふつうに観光客のおにいさんだったんだけど!笑

その聖パウロなる人物に導かれるように、地上へ脱出。


へとへとに疲弊した私たちは、聖パウロ大聖堂の敷地前にあるベンチで呆けた。

パウロの加護を受けて回復しよう、と。


夕焼けが、西の空を染め始めた。

この都市は、日暮れどきが一番美しいのではないかと感じる。

◇夕暮れ

イムディーナに戻ると、ローマ式の邸宅ドムス・ロマーナにたどりついた。

ローマ統治時代のローマ人貴族の館だ。立派なオレンジの樹が植わっており、夕日を背景にロマンチックな趣だった。


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そして、イムディーナに至る、メインゲートとは別にあるギリシャ門も見た。

そうか、フェニキア人が要塞化したのが、はじまりだもんね。


まったくあらゆるところに、あらゆる勢力によって統治された時代の歴史が残る。

まことに島国というのは、長い歴史の中でさまざまな文化に翻弄される。

同じ島国でも、日本とはちがう。

こんなことを書いていると、我が国の特異性を、ひしひしと感じるのだった。


この日の旅は、これで終わりである。




今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪

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