印象をただよう告解部屋

キラリと思い浮かんだことあれこれ

薄暗い山奥に見る一夜の幻惑。泉鏡花『高野聖』感想

泉鏡花高野聖』角川文庫(1954)

飛騨から信州への道中、高野山の旅僧は危険な旧道を選んだ富山の薬売りを追うが、蛇や蛭に襲われ、やっとのことで山中の一軒家にたどり着く。一夜の宿を頼むと、その家の婦人は、汗を流せと僧を川に誘い妖艶な魅力で迫ってきた。心乱れる僧であったが、実はその婦人にはある恐ろしい秘密があった…。


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ー目次ー

作者について

近現代の幻想文学の大家、泉鏡花(1873-1939)の本は以前から気になっていた。
金沢生まれで、尾崎紅葉の門弟として19歳から65歳まで300以上の作品を世に送り出したそうだ。

言い回しや表現が独特であるといろんなところで聞いていたので気合を入れて読んだが、この話に限っては、個人的にはそんなに引っかからずにすらすらと読めたと思う。
注釈は多いが、地名などについてはご親切すぎる気がするので、注釈については少々読み飛ばしても大丈夫だった。
(海外文学の訳本ばかり読んでいたので、日本語というだけで、読めた気になっているだけ?)

あらすじ

冒頭で、語り手の気さくな僧は、汽車で一緒になった「私」に宿を紹介する。
そこで床についても寝付けない「私」に「諸国を行脚するうちにあったおもしろい談」をしてくれと乞われるがまま、僧は飛騨の峠越えで経験した不思議な話をはじめるのだった。

薬屋を追って

僧の語りが始まる。
旅籠屋で出会った薬売りが、危険だから立ち入るなと言われている旧道を進んだため、それを連れ戻そうと旧道に分け入り追いかけたのだと。
太陽の照り付ける中、行く手の一本道には、長い長い蛇が何匹も横切っていた。
「いやもう生得蛇が大嫌い、嫌いというより恐怖い」←(原文ママ)という僧は、蛇が出ることを聞いていたら、地獄へ落ちても来なかったのに、と。

ヤマビルとカタストロフの幻想

やがて、風が冷たくなり大森林へと足を踏み入れる。
「世の譬えにも天生峠は蒼空に雨が降るという、人の話にも神代から杣が手を入れぬ森があると聞いたのに、今までは余りにも樹がなさ過ぎた」と景色の美しさを愛でていたら、突然雨のように降る山蛭に襲われる。
目の前を見ると、枝に山蛭が成っているのか、と思うくらいあたりの木々にびっしり。

命からがら逃げ延びるが、死を覚悟する。
このときに僧は世界の終末を見る。
「凡そ人間が滅びるのは、地球の薄皮が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被さるのでもない、飛騨国の樹林が蛭になるのが最初で、しまいには皆血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、其が代がわりの世界であろうと、ぼんやり」と。

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妖艶な婦人との出会い

そして、何とか森を抜け、たどり着いた先に一軒家が。
家主らしい美しい婦人は、僧を労り、月夜の川辺まで連れて共に水浴をする。
「まぁ、女がこんなお転婆をいたしまして、川へ落こちたら何うしましょう、川下へ流れて出ましたら、村里の者が何といって見ましょうね。」という婦人に、僧はぼうっとなって「白桃の花だと思います。」と答える。

そして、なぜか時折、婦人の周りには猿やコウモリがまとわりついては、彼女に叱責されるのだ。
床に就いたあとも、僧は戸の外を取り巻く獣たちの気配を地獄絵の魑魅魍魎のごとく感じるのだった。
僧は恐ろしくなって、一心不乱に陀羅尼の呪文を唱える—

(ここからは、婦人の謎に関する物語のネタバレとなってしまうので、伏せておくことにする。)

感想

とても面白かった。
タイトルでもある、「高野聖」とは語り手の僧のことだ。
この人物が私には魅力的に映った。

高野山に籍を置くという偉いお坊さんが「呵々と笑」うような親し気な性格として描かれているのだ。
第一に、僧が煩悩と戦って、思い悩む様が、人間臭くて落語っぽいと思った。

この話は、映像化もされており、陰鬱な怪談として取り上げすぎているように感じられる。
それとも私の面白いと思う感覚がずれているのか…笑

不思議な出来事が次々と起こり、幻想的な場面がくるくると展開していくところが、幻想文学の醍醐味だと思う。
特に、泉鏡花の世界観を紡ぐ、情景描写が流れるように清廉で、心地よかった。

この作品は、月夜の水浴シーンが、官能的で一番のハイライトだとされている。
しかし、私はヤマビルに襲われて、人類の滅亡を夢想する場面が印象的だった。
(というかトラウマ級の衝撃だった…)
「世界が血と泥の海と化す」という恐ろしいビジョンよ。

このトラウマ場面の原生林「天生峠」は、岐阜の飛騨市にある登山スポットとして人気の観光地だが、行きたいような行きたくないような…

カタストロフィがお家芸幻想文学作家、山尾悠子さんも時折グロテスクなビジョンをぶち込んでくるが、これが源流かとしみじみ。
私が幻想文学にハマったきっかけでもある、山尾さんは著書『飛ぶ孔雀』にて泉鏡花文学賞を受賞されている。

どこかの本のあとがきにて、大学の卒業論文では泉鏡花について書いた、と確かにあった。

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今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました(*^^*)
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