印象をただよう告解部屋

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原田マハ『サロメ』を読んでー19世紀末ロンドンを描いた耽美で残酷な美術史ミステリー

舞台は、退廃に彩られた19世紀末のロンドン。病弱な青年だったビアズリーはイギリスの代表的作家で男色家のワイルドに見いだされ、『サロメ』の挿絵で一躍有名画家になった。二人の関係はビアズリーの姉やワイルドの同姓の恋人を巻き込み、四巴の愛憎関係に…美術史の驚くべき謎に迫る傑作長編ミステリー。(本書より)

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目次

著者について

待ってましたといわんばかりの作風だった。
イギリスロマン主義は、大学の卒業論文で取り上げたテーマを取り巻く時代なので、馴染み深く一番好きかもしれない。

著者の原田マハさんは、日本の美術館や商社勤務を経験されたのち、フリーのキュレーター、そしてライターとして活躍されている。
美術の専門家なわけだから、もちろん作中で扱われる絵画の表現は、まるで実際に絵を見ているかのように引き込まれる文章で綴られている。

今回は、オーブリー・ビアズリー(1872-1898)という稀代の挿絵画家による、白と黒で書き込まれたペン画作品が目まぐるしく強烈に物語を彩る。
私の好きな原田さんの作品に、印象派画家を描いた『ジヴェルニーの庭』があるが、『サロメ』は『ジヴェルニーの庭』の淡くてやさしい世界とは真逆だ。ただひたすらに退廃的で、耽美的で、美しくも血の匂いが付いて回る。

あらすじ

この物語は、オーブリー・ビアズリーの研究家の男性が、オスカー・ワイルドを研究する女性に呼びだされ、ロンドンで会うシーンから始まる。彼女から見せられたのは、オーブリーの描いた「未発表」の<サロメ>の挿絵と謎の原稿。しかし、その絵に描かれたヨカナーンであるはずの首は、ヨカナーンではない男の顔だった…

そこから、時代は遡り、ロマン主義まっただなかの19世紀末、工場が立ち並ぶ霧の街 ロンドンへと舞台は移る。
本作の大半は、語り手であるオーブリーの姉メイベル・ビアズリーの視点から、読者が当時を追体験する、という仕掛けになっている。

ここでサロメについて少し。
新約聖書の文中に記されたエピソードによると、
サロメは、新約聖書に登場するユダヤ人の王へロデの義理娘であり、その妃であるヘロディアを母に持つ。
そのため、聖書の文中では「へロディアの娘」という呼称で伝えられてる。
サロメは宴の席で舞い踊り、その褒美として牢につながれていたヨカナーンの首を所望する。ヨカナーンは、キリストに洗礼を施した洗礼者ヨハネ。王は今までヨハネを手にかけることで生じる民衆の反感を恐れて、殺せずにいたがその通りにしてしまう。

この「聖人殺害」という禁断の題材を、オスカー・ワイルドは自分流にアレンジして戯曲に仕上げた。

聖人殺しを実行した罪深い悪女のサロメを、麗しい美青年ヨカナーンへの恋に狂った美女「ファムファタル(運命の女)」の物語のヒロインとして味付けし、『サロメ』を書き上げたワイルド。
ワイルドは、当時のイギリス紳士の像にそぐわない奇抜なルックスと言動で世間の注目を浴びていたのだ。
しかし、『サロメ』を一躍有名にしたのは、作品の挿絵を担当した他でもないオーブリー・ビアズリーだった。
格式を重んじるヴィクトリア朝イギリスでは、不謹慎であるという理由から、上演禁止とされるほどの禁断の作品。
オーブリーはワイルドの共犯者となった。
二人の間にはどのような結びつきがあったのか。

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感想

本作も素晴らしい、史実に限りなく忠実と見せかけるのが上手い歴史フィクション小説、といった印象だ。我ながら、わかりにくく矛盾の多い一文である。
しかし、そもそも史実に完璧に忠実なんてものも存在しないと思っている。歴史を書くうえで主観を完全に排除することなど到底不可能ではないか。
その点、フィクションを書くという前提に立った原田マハさんの文は強い魔力を持っている。史実をベースに、どこまでが創作なのか、境界を忘れてしまいそうになる魔法だ。
あたかもオーブリーの挿絵をめぐる謎に自分が遭遇し、解き明かしたような気分を楽しめた。作品を通して、原田マハさんが描くワイルドやオーブリー、そして彼らを取り巻く歴史上の人々に出会えたのは、とても素敵な体験であった。

余談

ところで、オーブリーの作品は手塚治虫先生をはじめとする日本の漫画家にも影響を与えたらしい。

私の大好きな漫画『日出処天子』の作者、山岸凉子さんもオーブリー・ビアズリーの線画に影響を受けたと知って納得。
素晴らしい作風というものは、思いもかけないところまで脈々と繋がっているのだなぁと感じた読了後だった。

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今日も読んでくださりありがとうございました。ではまた。
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