パトリック・ジュースキント(訳・池内紀)『香水 ある人殺しの物語』文藝春秋 (2003)
18世紀のパリ。孤児のグルヌイユは生まれながらに図抜けた嗅覚を与えられていた。真の闇夜でさえ匂いで自在に歩きまわることができるほどの嗅覚──。異才はやがて香水調合師として、あらゆる人を陶然とさせていく。さらなる芳香を求めた男は、ある日、処女の体臭に我を忘れる。この匂いをわがものに……欲望のほむらが燃えあがり、彼は、馥郁たる芳香を放つ少女を求めて次々に殺人を犯す。稀代の“匂いの魔術師"をめぐる大奇譚。
これまたすごい本と出会ってしまった。
「匂い」というものに、ここまでの想像力を掻き立てられたのは、生まれて初めてだ。
帯にはこう謳われていた。
「英国のガーディアン紙が選ぶ『死ぬまでに読むべき必読小説1000冊』にも選ばれた大傑作」。
全世界1500万部の大ベストセラーらしい。読まないわけにはいかないと直感した。
池内紀さんによる訳は、きわめて読みやすかった。
ーcontentsー
◇ 至高の歴史エンタメ作品
花や香料の香りはもちろん、街や人の匂いまで。
本を開いてすぐに羅列するパリの匂いの記述には、思わず笑ってしまった。
「これから語る物語には、街のどこも、現代の私たちにはおよそ想像もつかないほどの悪臭にみちていた。通りはゴミだらけ、中庭には小便の匂いがした。」
この本は面白すぎる!嗅覚を入り口に、五感を刺激するエンタメなのではないかと感じた。
あたかも、実際に感触を確かめ、見えている気がするのだ。
匂いの描写を以てして、である。
◇人は匂いに囚われている
むろん、残酷な人殺しを扱った生々しい本である。
しかし、筆者は確かに訴えかけている。
生まれてこのかた愛を受けず、また与えることを知らない主人公グルヌイユの生き方を通して、「愛」がどういうものかということを。
人は嗅覚で恋をする、というのを聞いたことがある。
匂いの作用が、そのように無意識下で働いているとすれば。
外見の華やかさ、内面の慎ましやかさが、愛しさの後付けにすぎないとすれば。
改めて、筆者の想像力が驚異的なそれであることがわかる。
視覚は目をとじればいい。聴覚は耳を塞げばいい。
しかし、嗅覚は呼吸と切り離せないから、人はつい逃れられないと。
果てに、グルヌイユは自身の創り出す究極の香水で、神をも超えようとする。
「敬虔に頭を垂れて、大きく香煙を吸い込んだ。楽しげな笑みが顔をかすめた。神はなんと貧相な匂いをしていることだ!なんとおそまつな香りであることか」
◇お気に入りは、香水の生成方法の記述
主人公グルヌイユは、香水調合師の徒弟としてパリやグラースにて修業を積み、理論としての香水の作り方を会得してゆく。
この過程が面白い。蒸留技術。冷浸法。
草花の繊細な芳香を、損なわないように。
ラベンダー、ジャスミン、麝香、シナモン、白檀、バラ、龍涎香、スイートオレンジ。
それらは、香水としてだけでなく、香り付きのポマード、おしろい、石鹸、噴水の香り付けとしても登場する。
果たして、この本にはどれほどの種類の香りが出てくるのだろうか。
香料だけでなく、自然が発する空気の匂いまで。
著者は、きっとグルヌイユのように人一倍鼻の利く、匂いに敏感な人なのだろう。
映画化もされているらしい。
今度、アマゾンプライムで観ようと思っている。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪