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とある芸術家の冴えない半生がシュールに、ユーモアたっぷりに描かれる。篠田節子『肖像彫刻家』感想

篠田節子『肖像彫刻家』新潮文庫(2022年4月)

芸術家の道を諦めた中年バツイチの正道。心機一転、八ヶ岳山麓に移住するが、本場イタリア仕込みの腕を振るった女神像は、あらぬ場所に置かれてしまう。それでも注文には心を込めリアルな彫像を造った。だが、耳を疑うことがが起きた。喋るというのだ、肖像が…。古刹の訳あり仕事から、なき両親の像、大胆な裸体彫刻まで、珍現象が巻きおこす人間模様をからりとしたユーモアで笑い飛ばす傑作。



この本はタイトルと表紙の絵が気になって即購入を決めた。

読んでみると、期待通りの素敵な本であった。


冴えない芸術家こと主人公正道(マサミチ)は、物語冒頭ですでにバツイチの50代である。


いつまでたっても芸術家の道を諦めきれなかった正道は、大学時代の先輩のコネでイタリアに飛び、8年間を当地の親方の下で修行に充てていた。

そして、ついに帰国。イタリアで彼の芸術は日の目を見ることがなかったのである。

イタリアの住処を引き払って帰国すると、修行期間として実家とは音信不通にしていた間に、彼の両親が亡くなっていたことが判明する。

苦難の末両親を看取った姉からは激怒され、正道は墓石の前で土下座させられるのだった。


このように物語は、えげつないシーンから始まる。

この小説のテーマは「人生」であり、この本においてそれは、芸術の道を突き進むことへの困難であったり、独り身の孤独であったり、終末期介護として表されている。

現代の日本社会を生きる多くの人の将来の不安がこれでもかというほど詰まっていると言える。

震えた。


しかし、物語からは著者の人間性が垣間見え、その文体はユーモアたっぷりである。

一見すると重くて陰鬱なテーマに、シュールでありえないような出来事を交えながら、どたばたな人間劇が展開されていた。


登場人物たちも魅力的である。癖はすごいが探せばいそうな人たちばかりである。

著者の鋭い洞察力には何度も舌を巻いた。


しかしこの物語のメインの出来事は、正道が丹精込めて手がけた肖像彫刻が動き出すという数々の珍事件たちである。

喧嘩を始める夫婦の胸像。夜な夜な歩き回る姫君の座像。ぶつぶつと不満を述べる学者の胸像。

モデルの生前の姿や想いに寄り添いすぎる質の正道の手によって作られた肖像彫刻には、どういうわけか魂がやどってしまうらしい。


この物語を通じて貫かれているのはこの世の無常だと感じた。


この作品にはお年寄りの人物が多く出てくるのだが、物語中の彼らの発言からも年を取るということはすなわち孤独を感じるものなのか。

家族の誰かと暮らしていようと、同じ時代を生きてきた同世代の絆に勝るものはないのだ。


人は生きている以上、いつかは亡くなるものだから。

願わくば、世代の順番通りが望ましい。


そんなことを考えているとどうにも哀しいのだが、この作品に込められた著者の死生観は意外にあっけらかんとした部分もある。

そういった考え方もあるということが、軽快なストーリーのなかで語られると、なんとも安心するのである。


そのへんは読んでみてからのお楽しみということで。

現代日本を舞台にした人間ドラマは、どうにもアレルギーを起こすのでめったに読まないのだが、この作品はすいすい読めた。

映画化にぴったりじゃないかなと思う。

ひそかに期待している。




今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪
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