こんばんは。
この記事の続きです。
Ⅰ. そのままのあなたでいてほしい - 印象をただよう告解部屋
II. みんな違って、みんないいのだ - 印象をただよう告解部屋
結構いる。比較しなきゃ人を褒めることのしない(できない?)人。
勿体ない、愚かしい思考回路と思うわ。
せっかく人を褒めているのにね。
「Aはすごい。それに比べてBは〜」って、言っちゃうの癖になっちゃってるんでしょうね。
褒められた人も、素直に喜べなくないか?優越感に浸る人もいるでしょうが。
(人と人を比べるのは一番ひどいけど、Bに自分を当てはめる人もいる。そんなことしてやるなよな)
なんか、いやバックグラウンドか違うんだから比較対象にはならんでしょって思うんですけど。私は。
まったく同じ状況で、っていうならまぁそうなるかもしれないですけど、「全く同じ」なんてどれだけあるんでしょうね。
この人はこれが長けてるね。この人はこれが長けてるね。補い合おう。いいところを取り入れ合おう。
では駄目ですか?
そのように導くのが上に立つものの義務ではありませんか?
◇
私の元後輩が気がきかないだって?その原因は、元先輩の私が甘やかしたからですって?
自分はちゃんとやったのに、なんで引き継いでその穴埋めをしなきゃならんのか、ですって?
まだまだ若いな。私よりいくらか年上だけど。
真面目なその子が気が利かないのでなくて、自分の思う通りの動きをしないのが我慢ならないんだと思われてならない。
自分はこんなにやってるのに?なんでわかってくれないのか?なんで周りは認めてくれないのか?って。
主観は駄目だよ、否、駄目なのは主観の押しつけ。
それはエゴ、エゴ。
もちろん、そうさせた環境もある。
私も、もっとできたことはあったし。改めたほうが良いこともあった。
その意味では被害者なのかもしれないけど。だけど、加害者になっていいわけないでしょ。
下の子たちが萎縮するほどの威圧をかけちゃ駄目でしょ。
◇
人に比較されるのみんな嫌だけど、もう群れの中にいる限りは避けては通れないみたい。
堂々と言ってくる人もいるんだし。
「Aはすごいね!その点、Bはまだまだだね。(裏で)まぁそうはいっても、Aも〇〇の点はまだ未熟だけどねぇ!」
結局、自分を本当の意味で認められるのは、自分しかいないんですよ。残念ながらね。
◇
人からの評価を期待するのは誰だってそうだけど。
うーん、こんな色んな場面に遭遇していたらね。
相対評価にいつまでも依存していたら、個性が潰れていくね。
勿体ない。社会。
ある程度は自分のなかで、心のモノサシを持っているのが強いみたいだね。
甘いって思うでしょ。
経営者には向かないでしょうね。自分は。
ま、でも、なかにはこんな意見があってもいいでしょう?
私は、こう思う。