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幻想と戦争のはざまに、少年らは何を見る―皆川博子『U』感想

皆川博子『U』文藝春秋(2020/11)

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17世紀初頭、爛熟のオスマン帝国に徴用されたキリスト教徒の少年三人。ムスリムに改宗させられ、ポーランドリトアニア軍との戦いに赴く。そして20世紀、第一次大戦の最中、ドイツ帝国誇るUボートを巡り、極秘作戦が開始される。時空を超えた幻想小説かつリアルな戦争小説。

◇はじめに


幻想文学と言うのは、何度か感想記事を書いてきたが、ほんとうに説明が難しい。

だが、私もこの本の語り手の一人ヤーノシュ同様、書き留めずにはいられない。

貴重な読書体験を味わえた本であった。

とても好き。


内容については何を書いてもネタバレになってしまうので、ほんのさわりだけ。

あとは、抽象的な感想になる。悪しからず。



◇物語

物語の時は、二つの時代を往還する。

まず、1915年。第一次世界大戦において対英に燃えるドイツ軍部の話である。

次に、17世紀。厳密にいえば1613年からはじまる。
オスマン帝国の強制徴募(デウシルメ)によって、トランシルヴァニアマジャールザクセンルーマニア出身の少年、3名が出会うのだ。


二つの時代が、交互に語られる形で、徐々に交錯してゆく。

◇側面・歴史小説として


この本の見どころは、精密に描かれたオスマン帝国の文化と、ドイツ帝国が誇っていた潜水艦Uボート乗組員のリアルだと思った。


オスマン帝国ササン朝ペルシアなどの歴史というのは、あまり日本で人気がない、と私は感じる。

何度も色んな記事で書いているが、アラビアンナイトなイメージで語られることが多い地域だ。


そのようなまったくの異文化を、いきいきと、まるでその時代にいるかのように感じられるのが、この本の楽しいところ。


歴史の年表では知られていることだ。

強大なオスマン帝国の強制徴募で、キリスト教徒の子らが差し出され、ムスリムに改宗させられ、イェニチェリ軍団が編成された。

イェニチェリになってオスマン帝国のために尽くせば、出世できる。妻帯も持てる。

歴史を習ったときは、奴隷として労働力として殺されないのか。寛容なんだな、と軽率にもそう感じていた。


しかし、あくまで奴隷兵士である。

生家を追われ、キリスト教徒として生まれ育った身体を強制的にムスリムに変えられてしまうというのは、凄惨なことだと改めて。

登場人物の少年たちは、イェニチェリになるほかに、そのなかの1人ヤーノシュ、(名を改めさせられ、ラマザン)はオスマンの王スルタンの寵愛を受けー

続きは、本書で確かめていただきたい。

身震いした。

◇側面・幻想小説として


幻想文学とはなにか。私は、まだよくわかっていない。

だが、無性に惹かれている。


以下は、山尾悠子さんが紹介された、澁澤龍彦さんの言葉である。

(文庫版『夢の遠近法』(2014)に書き下ろされた自作解説において)

「夢みたいな雰囲気のものを書けば幻想になると信じこんでいるひとが多いようだ。もっと幾何学的精神を!と私はいいたい。明確な線や輪郭で、細部をくっきりと描かなければ幻想にはならないのだということを知ってほしい。(第一回幻想文学新人賞講評一部抜粋)*1


皆川博子さんの『U』には、美しい描写がそれはもうたくさんあるのだが、ここではあえて紹介しない。


物語を通して、その世界が細部まで精密に描きこまれ、輪郭線がくっきりしていることだけは、言える。


歴史の一次史料や伝記などを読みまくっていたら、創作・加飾された部分におのずと敏感になる。

どこまでが事実で、どこからが誇張・創作か。


良質な歴史小説というのは、そのバランスが絶妙なのだ。

この本は幻想文学的要素が、それを底上げしていた。


歴史的事実、幻想描写、架空の人物像、それらの断片が、何かおそろしいくらいの説得力を持って、ひとつの巨大な額縁の中にはめ込まれてゆく感覚。

ぜひ、体感していただきたいと思う。

◇おわりに

皆川博子さんの本は気になっており、この『U』は少し前に買っていた。

期が熟すのを待って積んでいたわけだが、Twitterのフォロワーさんに手書きで改めておすすめしていただき、読むに至った。

塩野七生さん、山尾悠子さんが好きなら、この本!って言ってもらって。

絶賛される理由を痛感。

お名前は伏せますが、背中を押してくださってありがとうございました(^^)




今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪

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*1:季刊「幻想文学」別冊「幻視の文学1985」

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