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あらゆるものが消滅してゆく世界で、それでも身体は適応してゆく―小川洋子『密やかな結晶』感想

小川洋子『密やかな結晶 新装版』(2020.12.15)

その島では、記憶が少しずつ消滅していく。鳥、フェリー、香水、そして左足。何かが消滅しても、島の人々は適応し、淡々と事実を受け入れていく。小説を書くことを生業とするわたしも、例外ではなかった。ある日、島から小説が消えるまでは……。刊行から25年以上たった今もなお世界で評価され続ける、不屈の名作。

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コロナによる生活の激変にテーマが合致していることもあり、再注目されている本だ。

◇あらすじ◇

作中で唐突にやってくる「消滅」。

消滅が起きると、そのものは意味を持たないただのものになってしまう。
人々は、心に空洞ができた気持ちになるが、消滅が起きたのが持ち物であればそれを焼き払ったり、川に流したりした。
そうすると、人の記憶からも徐々に失われる。

また、なかには消滅によって記憶をなくさない人というのもいる。
しかし、その人たちは残らず秘密警察によりどことも知れぬ場所へ連れて行かれるのだ。

主人公である「わたし」の母親もそうして秘密警察へ連行されたのだった。
「わたし」は昔から一家のお世話をしてくれていた、おじいさんと手を取り合いながら慎ましい生活を送ってゆく。

そして、小説家である「わたし」の編集者を務めていた「R氏」という人物から、自分も記憶をなくさないうちの一人であると打ち明けられ、おじいさんの協力のもとで匿うことを決意するのだった。

◇感想◇

R氏は、消滅を受け入れることで心は衰弱していくのだ、と何度も「わたし」に言い聞かせ、自分の匿われている隠し部屋に隠した、消滅した(とされる)ものに触れるよう勧める。

オルゴール、ハーモニカ、ラムネ、「わたし」が以前書いていた小説の原稿。

「わたし」は、それでも消滅を止めることはできないし、消滅したものの記憶を引っ張り出すのは無意味なことだと、首を横に振る。

このようなシーンが作中において何度も繰り返される。



※以下は、あくまで主観的な感想です。気持ちよく読み終わられた方は、あまり読むことをお勧めしません。


物語のテーマは好みなのだが、残念ながら主人公の「わたし」にあまり共感できなかった。

受動的すぎた。あえて、主人公をそのように描いて「消滅に適応していくしかない人々」を書いたのかと思った。

いいようにされ、その環境に適応することを自ら望んでいる、果てには自らも消えてゆくことを諦め、「自由」と?

消滅に対するアンチテーゼを書いた、というのはすごくわかる。

消滅が起きても、人が持つ「密やかな結晶」は誰にも奪えないという著者の思いというのは、解説を読んで知った。


この気持ち…なんか、百田尚樹さんの『カエルの楽園』を読んで「……」ってなったのと同じ感じがする。

共感できる語り手、を必要とする自分には、どうも合わなかったらしい。


実生活のなかで色々消滅してるような気がする今日この頃、単に物語として受け入れられないほど自分の心が荒んでいるだけかもしれない。


失われ行く何かをかき集めるように、読まれない小説を書き進め、とにかく文字を書いている姿が嫌に自分と重なったのか。

とにかく、私の家族はおそらくもうすぐ離散するようだ。杞憂だといい。

いや、良くはない。このままではまずい。

ピアノは持っていけないだろうな。


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