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イタリア・ルネサンス期、メディチ家の出からフランス王妃となったカトリーヌ・ドゥ・メディシスの魅力を堪能する― 佐藤賢一『黒王妃』の感想

佐藤賢一『黒王妃』集英社(2020)

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彼女は死ぬまで黒衣を愛した──。
現代に続くファッションの礎を築いた王妃カトリーヌ・ドゥ・メディシス(1519-1589)

ルネサンス期、フィレンツェで生まれたカトリーヌ・ドゥ・メディシス。政略結婚でフランス王家に入り、やがて王妃となるも、夫アンリ二世の心は愛妾ディアーヌにあり、宮廷では平民の出と蔑まれる。だが、カトリーヌは料理や服、化粧品などに卓越したセンスを発揮し、宮廷での地位を上げていく。そして、遂に権力の頂点に君臨するが……。現代に続くファッションの礎を築いた王妃の素顔に迫る長編。

1か月ほどで読了した。500ページちょっとで、なかなかボリュームのあった印象。
だが、この本を開く通勤時間が楽しみになるくらい「これぞ求めていた歴史小説!!」という風で、面白かった。


目次

著者について

東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻修士課程修了。同フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。1993年在学中に『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞を受賞。1999年『王妃の離婚』で第121回直木賞を受賞。2005年1月から新聞連載を開始した『女信長』では、初めて日本史にも挑戦した。2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞を受賞。


まずこの本を手に取った時、16世紀のカトリーヌ・ドゥ・メディシスの時代という歴史背景のものすごく複雑な部分を書くなんて、この著者はただものじゃないな、と思った。

なぜなら、現在イタリアとなっている半島の都市国家群・フランス・スペイン・イングランドスコットランド神聖ローマ帝国が群雄割拠し、政略結婚に次ぐ政略結婚で…もうヨーロッパがえらいことになっているからだ。

しかし、後でよくよく調べてみると、大学院にて西洋史を専攻されていた、という経歴の持ち主で納得した。
かくいう私も西洋史を専攻していたので、西洋史概論ではカトリーヌ・ドゥ・メディシスについて論ずるテストに苦しめられた。。

感想

この本の魅力は、なんといってもカトリーヌのリアルな心理描写にあると思う。
著者が男性であることに驚きを禁じ得ないほどの、繊細でユーモラスのある痛快な女性の心情が巧妙に描かれている。
軽快な語り口がとにかく好きなので、この文体は非常に相性が良かった。


例えば、以下の文なんか、思わず笑ってしまう。

「なんとでも、おいいなさい。私なら平気です。なにしろ人殺し呼ばわりだって、これが初めてじゃありませんからね。だいたい、ドイツ人が活版印刷なんてものを発明してから、下らない本が刷られすぎるんです。…」

「本当に腹が立つ。マリー・ステュアール(息子嫁のメアリ・スチュアート)、ぶってあげるから、ちょっと来なさい。…」

「母親というものは絶対なんです。フランスでも、イタリアでも、世界中のどこだって、それは変わりありません。いえ、イタリアの男なんか、もっと母親べったりですよ。結婚してもマンマ、マンマで、しばしば新妻に癇癪を起されるくらいです。…」


しかし、これらもほんの一部分にすぎない。
アンリ二世の治世では、宮廷において慎ましく、謙虚であると評されるカトリーヌであるが、作中の一人称にて、なんとも人間臭い痛快な心情を次から次へと吐露する。

特に、夫アンリ二世の寵姫であるディアーヌ・ドゥ・ポワティエへの鬱憤は、何度も強調されて描かれている。

ディアーヌといえば、年上でありながらアンリ二世を射止めたという歴史上誇り高き貴婦人として伝説の美女扱いだが、正妻であるカトリーヌからすれば、とんでもなく嫌な存在だったことがわかる。

ディアーヌを溺愛するフランス国王アンリ二世が、どこにでも彼女を連れていくあまり、宮廷では「三人世帯(メナージュ・ア・トロワ)」などと呼ばれ、カトリーヌの屈辱がひしひしと伝わってきた。


そんな逆境のなかでも、挫けずに、うまく立ち回る処世術を駆使するところは、女の鏡というほかない。

高い教養を身に着けながらも半島からフランス王室に嫁いでからは、メディチ家の出自ということを「おみせやさんの娘」と揶揄され、肩身の狭い思いをしていたカトリーヌ。

しかし、半島から持ち込んだ最先端の文化と自らの頭の良さを武器に、宮廷の女性たちをたちまち懐柔してしまうのだから、さすがである。

コスメ、香水、食文化、テーブルマナー、ランジェリー、占星術…そういえば、かのノストラダムスもカトリーヌに召し抱えられていた。

解説にもあったが、現代女性の興味対象に通じるものばかりだ。


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コアな歴史小説を読んでいたはずが、いつの間にか女性としての世渡り術を学んでいるような気分になっていた。

もちろん、カトリックプロテスタントが火花を散らし、各地で宗教戦争が巻き起こっていたこの時代について、一連の流れと知識の補強にもなった。

きらびやかな宮廷ばかり描かれているわけではない。
物語を通して血なまぐささがある。
見せしめの公開処刑があり、虐殺がある。
鉄砲が戦に取り入れられるようになり、戦争のしかたも変わっていた。
そういう時代だと思い知らされる。

今一度、世界史の図説でも開いてみようかと思った。

今日も読んでくださりありがとうございました。ではまた。
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