印象をただよう告解部屋

キラリと思い浮かんだことあれこれ

まるで熱に浮かされた夢のよう。精緻な幾何学の幻想世界へ― 山尾悠子『夢の遠近法』を読んだ感想

山尾悠子『増補 夢の遠近法 初期作品選』/ 筑摩書房(2014)


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「誰かが私に言ったのだ/世界は言葉でできていると」―未完に終わった“かれ”の草稿の舞台となるのは、基底と頂上が存在しない円筒形の塔の内部である“腸詰宇宙”。偽の天体が運行する異様な世界の成立と崩壊を描く「遠近法」ほか、初期主要作品を著者自身が精選。「パラス・アテネ」「遠近法・補遺」を加え、創作の秘密がかいま見える「自作解説」を付した増補決定版。


目次

収録話

「夢の棲む町」
「月蝕」
「ムーンゲイト」
「遠近法」
パラス・アテネ
「童話・支那風小夜曲集」
「透明族に関するエスキス」
「私はその男にハンザ街で出会った」
「傳説(でんせつ)」
「遠近法・補遺」
「月齢」
眠れる美女
「天使論」


著者について

1955年、岡山市生まれ。同志社大学文学部国文科卒業。75年、「仮面舞踏会」(「SFマガジン早川書房)でデビュー。『飛ぶ孔雀』で、2018年、第46回泉鏡花文学賞、2019年、第69回芸術選奨文部科学大臣賞、第39回日本SF大賞受賞。

夏目漱石芥川龍之介と同時代に活躍した、泉鏡花(1873-1939)をはじめとする幻想作家に影響を受けたという著者。
同志社大学在学中、京都で過ごしてきた時間が作品にも鮮明に著されている。(本作収録の「月蝕」「天使論」等)

私も縁あって、大学時代は京都、今出川にある同志社大学に出入りしていたので、ありありと情景が浮かんだ。
明治時代の洋館のようなレンガ造りの校舎があり、礼拝堂がある。そして、門を出ると御所のある景色だ。

山尾さんは、この本に収録されている作品を同大学在学中に執筆していた、ということに驚いた。
世代が違うとはいえ、同じ空間を見ていても、こんなに視えていた世界が違うなんて…と。

感想

本作は、初期作品選ということで、原点回帰のような気分だった。当然のように、素朴で勢いのある印象を受けた。
でも、いちばん好きかもしれない。

ずっとあとに書かれた装飾たっぷりの優美な『歪み真珠』、『ラピスラズリ』を先に読んでしまっていたのだ。

(なお、この両作品も好きすぎて当ブログで何度も語らせていただいている。)

なんといっても、今回の本には、巻末に著者の「自作解説」がついていたので、一話一話の物語と併せて読めたのが大変心強かった。

今回の記事のタイトルに書いたように、「まるで熱に浮かされた夢のよう」な物語の数々だった。
とにかく私はこの手の世界観が大好物なのだ。

散文詩のような、もしくは絵画を見ているような感覚で読むことができる。
しかし、決してふわふわと単調な文章の羅列というわけではない。
むしろその逆で、漢字に次ぐ漢字。修辞に次ぐ修辞で精緻に一つ一つの世界が構成されている。

お気に入りの一話を紹介

今回は収録話の中から、一番好きだった「夢の棲む町」の世界観を紹介したい。

「夢の棲む町」より

街の噂の運び屋の一人、<夢喰い虫>のバクは、その日も徒労のまま劇場の奈落から這い出し、その途中ひどい立ち眩みを起こした。劇場が一切の活動を停止して以来、すでに数箇月たつ。ほかの仲間たちはとうに劇場に見切りをつけて、別の河岸へ移っていき、分厚く埃の積もった円形劇場の通路に足跡を残すのは、今ではバクただ一人になっていた。

このような文章ではじまる物語。さっそくセピア色の退廃と幻想の世界へと引き込まれるイメージだ。

「噂」を求めて街を彷徨う<夢喰い虫>のバク。この街は、漏斗状の構造になっており、そのいちばん底に劇場がある。
バクがねぐらにしているのはマダムが取り仕切る、奇妙な娼館だ。
屋根裏にはオリエント風の顔をした天使が詰め込まれ、地下室の水槽には人魚が。鳥籠には侏儒(こびと)が。

街の夜空には、「偽のプラネタリウム」のような星座群が浮かび、白い羽根の降りしきる日もある。
そしてある日、その街の住民全員に贈られた、劇場を統べると噂される<あのかた>からの招待状。
娼館のマダム、娼婦らは、バクや侏儒までも馬車に詰め込み、勇んで劇場を目指すのだった―


はじめて読むはずなのに、奇妙な既視感を覚えるこの感じは何だろう。
圧倒的な文章力によって、たとえば昨夜見た明晰夢のようにくっきりとイメージできるのだ。

現在、山尾悠子さんワールドに、かつてないほど心酔している自分がひとり。


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今日も最後まで読んでくださりありがとうございました(^^♪

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