印象をただよう告解部屋

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至高の幻想文学への誘いー2018年泉鏡花賞の受賞者、山尾悠子『歪み真珠』を読んで

『歪み真珠』筑摩書房(2019)


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死火山の麓の湾に裸身をさらす人魚たち、冬の眠りを控えた屋敷に現れる首を捧げ持つ白い娘…、「歪み真珠」すなわちバロックの名に似つかわしい絢爛で緻密、洗練を極めた美しき掌編15作を収めた物語の宝石箱。泉鏡花文学賞に輝く作家が放つ作品は、どれも違う鮮烈なヴィジョンを生み出す。


この本は、著者・山尾悠子さんの紡ぐ美しい短編集。

完全に表紙に惹かれたジャケ買いだった
そして、中身はというと
そのタイトルと表紙の絵柄を裏切らなかった

その散文詩のような、どこか甘くて、断片的な物語の数々は、とらえどころのない夢のよう
気がつけば、山尾悠子ワールドにどっぷりとはまっていた。

本の裏表紙の説明書きには、「物語の宝石箱」であると紹介されている
なんと素敵な表現だろうと思った
まさにその通りなのだ

この本は、幾つかの話において
前作『ラピスラズリ』(2012)と、共通のモチーフを扱っており補完しあっている、というようなことがどこかに書いていたように思う。
ラピスラズリ』を読んだのは、そのあとだったが順番が前後してしまったとて、特に困ることはなかった。


いよいよ、中身の感想に移るが…
いや、何とも難解な本であったのは事実だ

まず、文章が難しい
難読漢字はまだしも、言い回しが複雑だ
繊細な情景描写が
走馬灯のように次々と入れ替わるため、
建物の構造や景色を脳内に
描き出すのに、少々時間を要する

足元を踏み固めながら、じっくり噛み締めるように…
慣れるまでは、なかなか読み進まなかった

だから、短編集を読むときは
興味引かれる物語から読むのが私流だ

目次を見れば分かるが、どのタイトルも素敵すぎて
結局、おおかた順番通りに読むこととなったが…


そして、読了。
白昼夢でも見ていたような、
ぼうっとした余韻に浸ったあとですぐにしたことは、

ネットで他の読者によるレビューを調べたこと。笑

普段こんなことはあまりない。
人の感想を見ると
その価値観に、ついつい引っ張られてしまいがちだから。

そのため、本のレビューをすぐに調べてしまうときは、
1、読むのに挫折したとき
2、自分と相性が悪く、イマイチだと感じたときだ

(逆に、いい作品と感じたら
自分の感動をそのままにしておきたいと思う)

でも上記の理由のどっちでもなかった。
何かすごいものを読んだが、これどうしよう…みたいな…

大事に大事に秘めておきたい、と思う反面、
この物語群にある個々の話の実像を教えてほしいと思う
何の寓意なのか、何を訴えているのか
この造語は何を表現しているのか

結局、やはりというべきか明確な答えとなるものは、他人のレビューから見つけることはできなかった

遅ればせながら、その状態になってはじめて
幻想文学というジャンルの味を知るのだった

きっとこれから
何度も何度も読み返して
自分のなかで解釈していくしかないのだろう

この本が愛しくてならないが、
私のような未熟な人間が
この本の美しさをいくら書きつらねても、
きっと稚拙な文しか書けない。伝わらない。
自分で読んでいて恥ずかしくなるから勘弁被りたい。。

そのかわりに、収録されている、
一番お気に入りの物語と、
とっておきの文を紹介させてください

(注: ネタバレ…というのかわからないが、フィナーレまでしっかり言及する。
これからまっさらな気持ちで楽しみたい方は、読むことをおすすめしない)


そのお話は、
「娼婦たち、人魚でいっぱいの海」
という何とも歴女心をくすぐる題名。

舞台は
死火山の麓の湾沿いにある娼館通り。
娼婦たちの昼は気だるく過ぎる。浴槽に浸かったり、時にはピクニックに行ったり。
閑散期の夜は、ピアノ弾きの悲しげな音色を聴きながら、酒を飲み、寂しさに暮れるのだった。

そして夜の霧を分けて、その娼館通りを訪れる船乗りたちの間で交わされる人魚たちの噂。
その目で見たという者、そして
何やら娼館に設けられたショーステージの催し物として「人魚殺し」という幻の演目があるという噂もあり…


そして、最後には、この一文。


「明るく激しい雨が来て、通りすぎたあとに虹がかかった。のちに風説となる女たちと魚でいっぱいの海はひとときの祝福に満たされ、大漁だ大漁だと騒ぐ男たちの言葉は寿ぎとなり、宝石の冠をつけた人魚があらわれて最初に飛び込んだ娼婦を力強く抱きとめた。」



な、何という美しい大団円…!!
不穏な空気は、絵画のように次々と流れる映像の一片にすぎなかった。
てっきりいつか見た、人魚に恐怖を覚えたトラウマ映画、
パイレーツオブカリビアン〜生命の泉〜」のように
不気味なエンドが待っているかと思ってたのに…

神秘的で冷たい大理石のような物語から、
こんなにも華やかで明るい、
まるでヴィーナスの誕生のような物語まで詰まっているのが、この『歪み真珠』の魅力。

是非とも寝る前のひとときに大事に読んでほしいと思う。





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